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タイトルが最高にクール!と以前から思っていて、いつか読みたい、と思っていたミステリーだが、このたびの休暇のお供として、サントリーニ島のビーチでマグロのように横たわりながらとうとう読んだ1冊。
サイバーな響きのある「F」の意味するところを知ることが最大の関心だったが、正解はわたしの浅はかな予想や知識の範疇をまったく超えたものだったので大変満足だ。 世の中ではこの作家の作品は「理科系ミステリー」という分類をされているらしくて、ご本人も工学博士としてどこかの大学で教鞭をとっており、またこの作品もコンピューターやらバーチャルリアリティやらのふんだんな知識が前提になっている。正直言って解説っぽいくだりが随所にあってちょっとしつこいような気もしたけれど(きっと編集者が介在してるんだろうな、と思った)、よく見てみたらこの作品が世の中に出たのは95年。この時代に読んでいたら、わたしはちんぷんかんぷんだったかも。 なんといってもタイトルが冷徹でカッコイイので、作品もそうなのかと思ったら、こちらは意外と結構マンガチック。主人公(と呼んでいいのか)の天才少女・真賀田四季(マガタ・シキ)の設定なんてまさにそう。対するシロウト探偵の犀川教授と女子大生の西之園萌絵の設定は、やはりマンガチックでキャラクターが強調されてはいながらも、ものすごく魅力的、というわけでもなく(個人的な意見です)、意図は分かるんだが正直言って人物設定や描写についてはあまりクールとは言いがたいかも。(あくまで個人的な意見です。)オトナの女性を描かない(描きたくない)ところもいわゆる「理科系」?(すみません!) ストーリーはいわゆる密室殺人もので、孤島における密閉された研究所の、さらに密閉・管理された“開かずの間”(ドアの色はもちろん黄色!)で起こる、いわば三重密室殺人だ。地理的構造もイレコ型なら、トリックの方も・・。あ、こちらはネタバレになるので、書かないでおこう。 最初の章で真賀田四季が口にするセリフ「7だけが孤独な数字。そしてBとDも・・。」という謎かけが、その後の読者を引っ張り続けて気がつくと最終章まで気分はノンストップ。 #
by perdida
| 2008-08-13 19:32
| 時々ミステリー
8月の訪れとともにギリシャに行ってきた。生まれて初めてのギリシャ、しかも目指すはサントリーニ島である。(遠かった・・。)いつもはどの地に行っても(文字が読めない国でも)本を買いあさる性分なのに、エーゲ海に浮かぶ真珠のようにラブリーなこの島では、さすがに本屋に足を踏み入れることもなかった。そのためか、帰りのヒースロー空港で、埋め合わせのように買ったのが、「2冊で1冊分のプライス」キャンペーンで見つけたこちらの2冊。
「The Messenger of Athens」(アテネよりの使者、みたいなタイトル)は、「アテネ」つながりで思わず手にとった1冊。著者はAnne Zouroudiという人。難しい名前だけど、ギリシャ人だろうか?空港でのベストセラーランキングにもランクイン。若い女性の死体がエーゲ海のとある島で発見されることから始まる、ノワールなミステリー小説のようだ。サントリーニ島には死体発見は似合わないけど、あまりの美しさに、ひょっとして私たちはもう死んでいるのでは、という疑問が投げかけられるひと幕もありました。 もう1冊はMarina Lewyckaという、どう発音していいか分からない、こちらも負けじとエキゾチックな作家による小説。わたしにとってロンドンは食べるにも読むにも移民カルチャーに限る!のであるが、こちらはお父さんがウクライナの女性と再婚することから展開されるハートウォーミングなコメディのよう。 さて、いつ読もうか。(もう夏休みは終わっちゃったし。)それが問題だ。 #
by perdida
| 2008-08-13 18:58
| 買い物日記
表紙の絵が醸し出す空気からはとても実用書とは思えないのだが(思わずラ・トゥールの「いかさま師」を思い出しました!)、サブタイトルに「嘘とお金のさじかげんがわかる、法律と会計の本」とあって、意外とビジネス書なのかな、とも思わせる。人間を惑わせ、人類史上常に人間ドラマの二大主題として君臨し続けてきた「お金」と「嘘」、その後ろ暗い、なんだか「隠微」な感じがプンプンして、とっても面白そう!
と思ってアマゾンをぶらぶらしていた時に衝動買いしました。読んでみると若手の税理士さんが書いたもので、論理は大変明確。隠微なムードなどまったくない代わりに、随所にユーモアも散りばめられており、クスクスと笑いながら読みました。 この本の出発点は、「そもそも税務とは、嘘とお金の論理学である」というところから出発している。オカネもウソも人間の欲求に端を発していることから、まずはマズローの欲求五段階説を持ち出し、ウソとオカネをポジショニング。「金持ち」「貧乏人」「正直者」「嘘つき」がマトリックス化されていて、これって「金持ち父さん貧乏父さん」?(読んでいませんが。) 「バレない嘘は嘘ではないのか」という命題を提示し、「真実」と「事実」の違いを法律やらいろんな観点から考察し、そもそもお金とは、を哲学し(1万円札の値段は20円なんですって!)、「権利」と「利益」はどちらも「利」の字が付くんだね、ということを気づかせ、そして簿記の基本中基本の講釈もある。 正直なところ、これまで歩んで来た人生で初めて簿記ってものに興味を持ちました。それだけでもこの本に感謝!である。 嘘の反対は本当のこと、ではなくて、「恥」である、というのもまさにご明察。 ウソも付き通せば事実になる? 国語辞典によると、嘘とは<事実>でないこと。間違いとは<真実>と違うこと。 ある人の言葉。「捏造とは傲慢から生まれる。創造は絶望から生まれる。」(おじさんが朝礼で使いたいフレーズかも。) 「バレたら脱税、バレなければ節税」?などという迷言が出てきたり、 「=(イコール)」という記号の誕生は意外に最近で16世紀のことである、なんていう雑学も。 ついでに言うと、ウソは人間だけの特権ではないのではと思います。少なくともウチの犬はウソ、というかごまかそうとすることありましたよ。いつもバレバレだったけど。五段階欲求でも、ウソはかなり低次元の欲求に関わるものだし、ありえることかも。 それにしても、わたしには最初からお金に対するメンタルブロックなんてないと思うんだけどなー。あわよくば「稼ぐ」よりは「儲ける」ニュアンスで、お金持ちになりたいと日々願っています。 ※ラ・トゥールの「いかさま師」ってなに?と思った人はこちらも読んでくださるとうれしいです。 #
by perdida
| 2008-07-19 12:32
| 考えるヒント
イサベル・アジェンデは大好きな作家である。処女作「La Casa de los Espiritus(精霊達の家)」を夢中になって読み干して以来、最も好きな作家のひとりと言っても良い。その美しい文体に触れるたびに、スペイン語が読めて良かった、と心から思ってしまう。もちろん邦訳でも、その素晴らしさはたっぷり堪能できると思うけどね。その後「Eva Luna」「Cuentos de Eva Luna」などなどと読んで来た人生の中、今回久々に再会したイサベル・アジェンデはいわゆるフィクションではなくて、エッセイに分類される作品だ。
タイトルは訳すとすると「発明された」つまり「つくりものの」とか「虚構の」わたしの故国・・という感じ。イサベル・アジェンデはチリの人なので、故国とはチリのことである。幼少の頃の遠い記憶ではありながら、「チリのアジェンデ政権」というフレーズが私の頭にはぼんやり刻み込まれているので、イサベル・アジェンデとチリもすんなり結びつく。最近知ったことだけど、実際にイサベルはこのアジェンデ大統領と親戚筋だそうである。 現代史上ほんのつかの間輝いた短命の社会主義政権については、きっとある程度以上の年齢の人は知っているかもしれないが、チリが世界の表舞台に登場することは少なく、日本人の私たちにとっては一層影の薄い存在だ。ここ数年チリワインはすっかりおなじみになったけれど、ほかにチリといって何を連想するだろうか? イースター島も実はチリ領なんだけど(と本書でも語られる)、知らない人も多いのでは? チリ人といって思い浮かぶ人もあまり多くないが、日本では数年前話題になったアニータという悪女(?)がいましたっけ。この本の中でイサベル・アジェンデが描くチリ女性の典型に、アニータ嬢は結構近いかも。いわく、こと恋愛となったら弾丸のようなパワーで突き進むので男はたじたじ、とのこと。 日本ではそんなに広く知られていないかもしれないけれど、ノーベル賞を受賞した詩人のパブロ・ネルーダもチリ人だ。映画「イル・ポスティーノ」で描かれていたあの粋な亡命詩人です。チリという国にとってパブロ・ネルーダの存在は絶大だったようで、その記憶は本書のあちこちにも散りばめられている。 前置きがすっかりながくなってしまったけれど、本書はイサベル・アジェンデがとあるレクチャーで受けた質問に端を発する。それは「あなたにとってノスタルジーとは何ですか」というもので、回答への試みが一冊の本になってしまった。 人生のほとんどを外国人として異国に暮らしてきたイサベルは、この問いに長い長い思いをめぐらす。外交官の娘として異国の地に生まれたイサベルは、その後も外交官の父(このときは継父)の娘として、妻となり母となってからは政変から逃れる身として、そして最後は幸せな二度目の結婚を果たして国境を渡り、人生のほとんどを異国で暮らすことになる。 イサベルにとっての故国は異国の地から思い描くフィクションでもあったが、同時に故国は祖父の住む土地であり、祖父と過ごした年月でもある。 そう、この作品で忘れられないのはイサベルの祖父の存在なのだった。かくしゃくとして100歳近くまで生きた祖父。生粋の男性優位主義者で、それがあまりにも自然であったため、マチスモという単語があることを知って大笑いをした祖父。本の虫だった賢いイサベルに、多くの物語や知識を伝えた祖父。南アメリカ大陸の未踏の地に孫娘を連れてワイルドな旅をした祖父。当時のチリはアメリカとは違って上流社会の男性にDIYのコンセプトなんてまったくなかったのに、大工仕事やラジオの組み立てをして油まみれになるのが大好きだった風変わりな祖父。 「La Casa de los Espiritus(精霊達の家)」が生まれる経緯も感動的だ。独裁政権を逃れて家族とともにベネズエラに亡命した後、辛い日々の中で祈るように紡いだ物語なのだ。そして、彼女自身も薄紙をはぐようにゆっくりと再生していく。その頃遠い祖国では、祖父がその人生を終えていたのだが。 その後の彼女は最初の夫と離婚、子どもの頃から予告されていた運命の男性と遅まきながら出会う。チリ人女性の弾丸パワーを発揮して、結婚。お相手のWillieはかなりヒッピーで異文化のアメリカ人男性だ。現在はサンフランシスコに住んでいて時々チリを訪れる生活だそうなので、相変わらずチリは遠くにあって思う存在である。 本書では娘Paulaの死については多くは語られていない。2度目の幸せな結婚を果たした後、イサベルは娘の死という試練に見舞われることになる。その経験をもとに書かれた「Paula」も非常に美しい作品だそうで、是非読んでみたい。 #
by perdida
| 2008-07-15 01:22
| スペインの本棚
著者の小山登美夫さんは村上隆や奈良美智を世に送り出し、日本の現代アートを世界のスタンダードまで押し上げた人。そんなやり手のギャラリストが、ビジネスとしての現代アートをどう語っているのか興味があって六本木のABCで手にした一冊。
しかし、主張はごく良識的で誠意があり、文字通り手弁当でがんばった若い頃の奮闘にも好感が持てる。村上隆さんと殴り合いのケンカになりかけたこともあるらしくて、なるほど、生々しく想像できる。アーティストの姿勢から見ると、その村上さんはクリムトで、奈良美智はエゴン・シーレという喩えもぴったり。 わたし自身美術作品を購入した経験も何度かあるけれど(もちろん、常におサイフと相談しながら)、そういえばたいていは旅先で、海外でのことである。動機はつねにごく個人的なもので、市場価値なんて考えたこともありませんでした。 思い出せばバブル前夜(のころだったか)に大流行していたヒロ・ヤマガタ現象を個人的にはかなりおぞましい、と思っており(ファンの人がいたらごめんなさい)、現代アートビジネスには思い切り斜めの視線を送っていたものではあるが、読めばアジアの新興国を中心としたアート市場はさらにおぞましいことになりかけているようですね。一方、日本のアートビジネスはかなりまだまだ黎明期の様子。眠れる獅子かもしれません。 でも、美術が好きでない人には関わらないで欲しい、ってこれは著者とまったく同じ意見です。これとはまったく逆ながら、動物が好きな人にはきっとペットビジネスは不向きとも思うけど。 #
by perdida
| 2008-07-05 15:52
| 考えるヒント
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